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Alice Boy's Pictures

Alice Boy's Pictures

誰も気付かず20年

インターネット上の記事は、一定期間の後はページがなくなります。
ここに、資料として保存しておきたいです。


毎日新聞 2008年3月14日 東京朝刊


生きる証しを:無戸籍の悲痛/3 誰も気付かず20年
 ◇社会生活、市が支援 
 埼玉県鳩ケ谷市の市立教育研究所にある2メートル四方ほどの部屋で、校長経験のある所長の宮原重則さん(64)が、向かいに座る21歳の男性に問いかけた。

 「太陽はどっちから昇る?」

 最近の「個人授業」の様子だ。2人だけの学校は8カ月になる。週2回各3時間ほどの授業は、小学1年生の教科書を使って始まり、ようやく九九ができるようになった。

 学校に行かずに育った男性は、当初数字の「6」を下から上に向けて書いた。今も文章をつづるのは困難だ。

     ■

 男性は06年6月、鳩ケ谷市内で4歳の女児をスーパーの男性用トイレに連れ込み、下着を盗んだとして未成年者略取などの疑いで逮捕された。警察の捜査で、戸籍に記載のないことが判明。その後、母親が出生届を出し戸籍ができたが、それまで20年無戸籍だった。

 家族は両親と13歳違いの姉。姉には戸籍がある。男性が生まれた当時、親は借金に追われ身を隠して生活していた。居所が分かることを恐れ、出生届は提出されなかった。

 07年3月の判決は「知的障害が認められる」としながらも懲役2年6月、執行猶予5年とした。市は「両親の責任が問われると認識しているが、20年にわたって地域社会が看過してきた事実も重く受け止める」として社会復帰に向けた支援チームを作った。男性は、市内の福祉作業所に毎日通って本の仕分け作業などをし、教育研究所で授業を受けている。

     ■

 読み書きや基本的な計算は母親から習い、家の中でテレビや漫画を見て過ごしてきた。買い物にも出かけた。一番の楽しみは1人で電車に乗り、約15キロ離れた東京の秋葉原や池袋に行くことだった。秋葉原では、おもちゃの買い取り店を見て回り、電気街のパソコンを眺めて歩いた。「学校に行きたい」とせがんだが、母親は「いろいろあってだめなんだよ」と話すだけだったという。

 自宅近くの食品店の女性(66)は「母親の自転車の荷台に乗せられて出かけるのを何度か見た。そんな事情だったとは」と驚く。近所の人も見かけていたが、学校に行っていないことは誰も知らなかった。宮原さんは「長い間、外を出歩いていたのに、誰も気づきも心配もしなかった。社会にはまだまだすき間がある」と悔やむ。

 男性は今「困っている人を助け、人の役に立つ仕事をしたい」と語る。母親について尋ねると「いろいろ面倒見てくれて、お母さんが大好き」と何度も繰り返した。=つづく

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